HANNABACH Silver-Special Super High Tension(2)

弦を張り替えて2日目。強力な弦の張力にも慣れてきた模様。セーハなどの押弦にも大きな困難はなくなった。日常この状態でずっと通すのは少し疲れる感じもするが、コンサートなどの非日常では多分手の感触が普段とは違ってくるはずなので、条件によっては選択肢に入ってくる弦の一つになりうるのかもしれない。

ところで、私が普段どんな状態でギターを弾いているか、少し書いておくことにする。というのも、スタンダードな弾き方から多少外れた弾き方を実践しているから。

右手は5指全部使う。pimaの加えc(小指)が結構活躍する。アルペジオ、スケール、コードに至るまでcは工夫次第でかなり働く指になる。

新千年紀を迎えるにあたって、右手の爪を全部短く切った。もう指頭奏法に切り替えて18年になろうとしている。今やこの状態で弾くのに何の問題も感じない。むしろ爪はギター演奏にとって厄介な存在でしかない。

ギターを指頭で弾く
爪は極限まで短く

手書きノートの試行

学習するのに手書きでノートを取るというアナログ型がやはり有効だと感じています。最近まで、A4の方眼ノートに2Bの鉛筆で記入し、それをあとでまとめてスキャンスナップでスキャンしてPDF化するというパターンが定着していました。これだとページを入れ替えて編集したり目次をつけたりできてこれをDropboxにでも置いておけばいつでもiPadなどで簡単に参照することができます。

ところが先月iPad Pro 12.9インチ + Apple Pencilを購入したので、ただいまこれを使ってノートをとっていく方法を色々と模索中です。iPadの手書きノートアプリはいくつか出ていますが、どれも一長一短といったところ。今のところ GoodNotes と ZoomNotes を使っています。書く感触は紙と鉛筆に勝るものはないのですが、書いた後の編集の自由度が圧倒的に高い。使っているうちにいずれもっとすごいアプリが出てくることを期待しています。

『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』

2017年7月22日「放送大学の本棚」への投稿

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近藤龍一)『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』(ベレ出版, 2017), 関連科目->量子と統計の力学

森山さんが紹介された「シュレディンガーの猫」の近くに10冊くらい並べられていました。タイトルにあるとおり著者が12歳の時に書いたんだそうです。著者9歳にして量子力学を究めようと志したんだそうです。藤井4段ブームもあり出版社もこれは売れると踏んだんではないでしょうか。

この本は専門書のような高みには達していないものの、入門書としてはかなり踏み込んだ内容を持っており、著者曰く「中間書」つまり専門書と入門書の橋渡しとなるような本、という位置付けになっています。

学術書はなんでもそうだと思いますが、入門書はやたら万人ウケを狙ってわかり易さに腐心した本がたくさん出ていますが、専門書になると急に分かりにくくなって絶壁のような敷居の高さを誇るのが通例となっているものです。それはそうで、専門分野に一旦踏み出せば、その著者は専門家としての沽券にかかわるので、ついつい分かりやすさなんか2の次の本ができていくらしいのです。そういうことで、この本は希少な量子物理学の中間書としての社会的役割を担っているわけです。

放送大学の「量子と統計の力学」をこれから履修する私としては、襟を正して真剣にこの本を読んで見たいと思います。読み手として年長者の余裕は微塵もないのです。

時代の空気、つまりその時代を覆い尽くす雰囲気、多くの人が共有するような感覚、みたいなものは確かにある。

時代の空気、つまりその時代を覆い尽くす雰囲気、多くの人が共有するような感覚、みたいなものは確かにある。一度その時代の空気が生まれるとそれは容易にはかき消せない。一つの時代に複数の空気が混在することもまたあり得る。その場合にも決して別の空気同士は混じり合わない。これは暖気と寒気がぶつかり合ってそこに前線ができる気象現象のようなものかもしれない。

一つの時代が終わっても昔の空気がそのまま残っていることがある。私は敗戦の10年後に生まれたので戦争を体験したわけではないにもかかわらず、今から思えば子供の頃に吸っていたあの空気は幾分戦時中を思わせるものがあったように思う。

あの頃アメリカはまだどこか「敵国」のイメージがあった。アメリカは大きくて豊かな国ではあったが、当時の子供たちが親しみを持つような国ではなかった。それを象徴するように、当時大人気だったプロレスでは得体の知れないキャラクターとしてアメリカから悪役レスラーが続々やってきた。彼らはその頃の僕らの「敵」を代表していた。

まだ小学校に上がる前、「少年マガジン」「少年サンデー」が創刊された。そこに展開されていた様々な世界にも、結構戦争が大きな位置を占めていた。もちろん美しい祖国を守る情感溢れる日本人兵士たちと、血も涙もないであろうアメリカ兵との戦いが描かれていた。

雑誌の巻頭特集として、しばしば日本の戦艦や戦闘機が詳細な図解とスペックとともに続々掲載されていた。そこでは、日本軍が製造した数々の兵器について実に愛着を持って語られていたのを思い出す。子供たちは当然日本びいきになるわけだが、あの心持ちは多分戦時中のものとさして変わらなかったのではないかと思う。

あの頃の漫画にお国(ある集団)のために身を捧げることを美しいとする考えが少し入っていたような気もする。それはもはや子供にしつこく強要するような強度はなかったが、今思えばほんのりとそういう感じが漂っていた。あれは戦時中の戦意高揚モードの残り香ではなかったろうか?

小学校3、4年頃、ある日学校から帰ってきて何の気なしにテレビをつけると、何かのドラマをやっていた。全体の調子は暗く何だかリアルな感じがした。それは戦時中の話で、平凡な生活を送っていたある男が赤紙をもらい、周りの人々に送られ、出征していくという話だった。

思えば、あの頃こういう設定をモチーフにしたドラマはちょくちょく目にした記憶がある。戦後から十数年経った頃、まだ戦争の生々しい記憶があちこちに残っていたのだろう。

引き込まれるようにそういう体験を再現したドラマを視ていた。新兵が軍隊に入り、一年入隊が早いというだけで威張りちらすような奴に散々殴られる。軍隊ではそういうことがよしとされる。少しでも位の上の者に抵抗しようものならどんな恐ろしい仕打ちが待っているかわからない。映像はあくまで暗い。どんよりした嫌なムードが漂う。

子供ごごろにも、そういうドラマを見たあとは、ああ嫌なものを見てしまった、見るんじゃなかった、という気持ちになるくらい衝撃を受けた。多分ああいう放送は今の時代どんなに制作の粋を尽くしてももう表現できないのではなかろうか。これもその時代の空気がなさしめたものだろう。

そういうわけで、こう言いたい。戦争が終わって僕らは生まれた。けれど戦争が終わっても戦争の空気はしばらく漂っていた。そういう空気を吸って僕らは育った。だから僕らは自分たちを戦争を知らない子供たちということはできない。「戦争を知らない子供たちだ」とブリっ子で通すことはできない。

 

これから日本の衰退を眺めながらジジイになっていくのは決して愉快なものではない。

今から思えば、日本はバブルがはじけた1990年あたりからもう成長モードがオフになってしまっていたのだろう。当時そのことを自覚するものは誰一人いなかった。依然日本のものづくりは快調でそのうちまた以前のような快進撃が再開することを誰も疑わなかった。年々成長していくのが本来の姿だと我々は固く信じていた。

そうして何の自覚もないまま「失われた10年」が「失われた20年」へと延長されさらにデフレは深まるばかり。その間僕らは何をやっていたのだろう?経済のグローバル化、IT革命、MBA的経営手法、そしてインターネット社会の到来。今思い返しても何だか実につまらないことに地道をあげてきた感じがする。それらは蒔かれた種から実ったものではなく、どれも上から降ってきたものばかりだった。そういう脈絡のないものに踊らされて僕らはこの歳まで生きてきた。

2017年の今日本は未だにデフレから抜け出せていない。過去最高に豊かな社会に暮らしながら幸福だとは誰も言わない。モノづくりでは誰にも負けないという自負ももはや怪しくなってきた。日本が緩やかに衰退し始めたことはもう覆い隠せない事実だ。その事実を思い知ろう。このままいけば日本ってズブズブ沈んでいくだけだよねってことを自覚しよう。

昔日(せきじつ)を偲びながら老いさらばえていくのも哀愁が漂っていていいかもしれんが、今となっては全ての結果を生きた証として受け止め、今を肯定的に生きていくしかない。多少ジジイになったからといって世の中に貢献できないわけじゃない。本当の我々のあるべき姿を思い描きながら、今度こそ自分たちの手で種を蒔いていこう。今がその時だと思う。

論語の学而は一体何を言いたかったのか考えるのもまた楽しからずや?

学而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎。

「学びて時に之を習う。」と読んだり「学びて之を時習す。」と読んだりするらしい。読み方により自ずと解釈が変わってくる。何れにせよ、学ぶスタイルに重きが置かれている気がする。論語はどんな時でもスタイルを気にする学問のようである。

学ぶことと習うことは同時発生しないんだね。学ぶというのは先生から教わること、習うとは学んだことを本当に身につけることだろうか。うん、それは確かに楽しい。時間差があるから楽しい。

「有朋自遠方来」は読み方がいくつもありそれぞれ意味が微妙にずれてくる。だがしかしだ。「同じことを学ぶ仲間が、遠いところからやって来る、のは楽しい」などどここで言い出すのはいかにも唐突にあらず乎?(長年会ってなかった遠くの友がひょっこり現れたらそりゃ楽しかろうが、そんなこと孔子先生に言われんでも分かるわけで。)

「有朋自遠方来」を超解釈すると。

トポロジカルにかけ離れたものが合わさって合点が行くようになる。だからこそ楽しいのだ。

学而で時間的隔たり、有朋で(トポロジカルな)距離的隔たりを言い、それを乗り越えて得られる理解が楽しいと言っているのではないか。

「人不知而不慍、不亦君子乎」そういうことだから、今目の前にいる人がわかってくれなくとも取り乱さない、できた人とはそういうもんだ。(わし[孔子]のように2500年くらい経って、行ったこともない島の住民が理解してくれるようになるかもしれんからのう)

以上、好きなように解釈してみた。