『創造の方法学』

2017年11月20日「放送大学の本棚」への投稿

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高根正昭『創造の方法学』(講談社現代新書,1979年)

先日未読蔵書の中から取り出してきて読んで見ました。著者は若い頃戦後平和運動の活動家で、その後スタンフォードで社会学を学び、この本ではその時の体験が中心になっています。昭和54年当時なんでこの本を買ったのか忘れましたが多分「創造の」というキーワードあたりに反応して買ったものと思われます。今でこそ社会学といえば統計とか調査とかの手法に基づくものが中心になっていますが、私が学生の頃社会学といえばマルクス社会学が大学では幅を利かせていたと思います。マックスウェーバーの講座もあったのでしょうがそれほど目立たなかったと思います。著者がアメリカに渡ったのはもっと遡った1963年。まだ今のような社会学の枠組みは影も形もなかったに違いありません。そこで社会学の新しい手法に触れるわけです。

この本はある学問の内容が書かれたものではありませんでした。むしろ、著者が体験してきたことが随筆的に書かれていて、それはそれで気軽に読みやすく、現代とのギャップみたいなものも見えてきて面白く思えました。いまではこんなタイプの新書本は成立しないだろうなあとは思います。

アメリカの学生は皆ちゃんと古典を押さえてるなあという印象を持ちました。マックウェーバーやデュルケム、当然ですがトクヴィルなど基本は押さえた上で社会学を勉強している感じがしました。

印象に残ったのはある歴史学の助教授が自分の書いた論文に対し、社会学の専門家としての著者にコメントを求め、著者が思わず「叙述的」という形容をコメントの中に入れた途端、その助教授の顔色がみるみる変わったというエピソード。歴史学とはいえ叙述的という評価は屈辱的だったのでしょう。日本との学問の風土がかなり違っていると思いました。(日本ではいまだに「叙述的」に書かれた本が横行しています)

『中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)』

2017年9月22日「放送大学の本棚」への投稿

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國分功一郎, 『中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)』, 医学書院, 2017

先日紹介した「大学で勉強する方法」の手法を取り入れて「ざっと読み」をかけてみました。なので、本の内容をちゃんと理解できた段階ではないと思いますが、とりあえずアウトプットしてみます。

國分さんは主にスピノザを研究している哲学者で、Twitterでも結構発言していて、注目を集めている人のようです。タイトルにもある「中動態」がキーワード。能動態でも受動態でもない態があるらしい。今の我々には能動でも受動でもない態など俄かに想像することも難しい感じがしますが、能動受動の概念は我々の言語に後から追加されたものらしい。そもそも古代ギリシアには「意志」という概念がなかったそうです。「エーそんなこと許されるのか」とびっくりですが、もともと「意志」がなければ能動も受動もないわけです。「意志」がクローズアップされるようになりそれとともに中動態は姿を消したのでしょう。

ところが我々がもはや手放してしまった中動態にこそ本質があるのではないか、というのがこの本のテーマみたいです。中動態という問題提起を行なった言語学者パンヴェニスト、それに文句をつけたジャック・デリダ、意志と選択を区別したハンナ・アレント、「意志」を真っ向から否定したアレントの師ハイデッガーなどが登場します。そしてスピノザの内在論を中動態の視点で見直します。最後にメルヴィルの遺作『ビリー・バッド』論が暗示的に語られます。

以上、「予告編」に過ぎませんが。

『大学で勉強する方法』

2017年9月19日「放送大学の本棚」への投稿

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A・W・コーンハウザー著 D・M・エナーソン改訂(山口栄一訳)『大学で勉強する方法』, 玉川大学出版部, 1995

元々は1924年にシカゴ大学の1年生へのアドバイスとして書かれた小冊子だったようです。深遠な教訓みたいなものは微塵もなく、学生が具体的に何をすればいいかが、シンプルに書かれています。それがいかに的を射たものであったかは、その後今日まで代々読み継がれている実績からも明らかでしょう。

この本は10のアドバイスで構成されていますが、その中から5番目の「読み方を効率的にするにはどうしたらいいか」について少し。

最初から本を一語ずつ丁寧に読んでいくのは効率が悪いらしく、まずは全体をざっと読んで見るのが良いと書かれています。しかるのちに必要に応じて精度をあげながら何度も読む方が短時間で読めるのだと。(日頃続々と出てくる速読本にもよく書かれているようなことかもしれませんが、これが身につく読書としても良いということですね。)ざっと全体をとらえるにはどうしたらいいか、そしてその後精読するにはどうしたらいいかがポイントごとにわかりやすく示されています。あとは私がここでグダグダ書くより実際に本書を手にとって読まれるのが手っ取り早いです。

で、この本で一番大切なのはそれを実行すること。何も難しいことは書かれていませんから。

原題は”How to Study: Suggestions for High School and College Students (Chicago Guides to Academic Life)”, 1993

Shooting an Elephant

George Orwell, “Modern Classics Shooting an Elephant“, Penguin Modern Classics ,2009

高橋さんが少し前にジョージ・オーウェルの「1984」を紹介されていましたが、そういえば高校の英語の教科書でこの作家の短いエッセイ ” Shooting an Elephant” を読んだことを思い出し、ネットで探して読んでみました(原文がただで公開されています)。お話自体はそう複雑ではないので、英語とはいえ辞書を引き引き最後まで読んでみました。

ビルマは1935年にイギリスのインド領の一部として併合されますが、オーウェルはこの頃このビルマで地方の警官をやっていて、その時直面した小さな事件をこのエッセイで語っています。ある日、象が発情して村で暴れているという通報を受けます。彼がライフルを持って現場に駆けつけると象は正気に戻り穏やかな状態で見つかります。やれやれ、と思って振り返ると2千人からの群衆がいて象が撃たれるのを今か今かと待っているのに気づくのでした…

と書いていくと長くなるのではしょりますが、結局オーウェル巡査は様々に錯綜した群衆心理に巻き込まれて結果的にその無害な象を自分の意思に反して撃ってしまうのです。その辺の細かい事情はぜひ原作を読んでください。(和訳もあります:「象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉 (平凡社ライブラリー)1995/5」)

ここでオーウェルが暗に言いたかったことは、人はいかにして戦争に駆り立てられるかということではないかと思います。戦争の当事者同士は本当に戦争を起こすつもりはなくとも周りの状況が当事者を戦争に向かわせるという、そのメカニズムにオーウェルは自分の体験を通して気づいたのではないでしょうか。

さて、そうなるとこれは他人の話ではなくなります。現に北朝鮮はそういう状態にあるのではないでしょうか。今なおこのエッセイは色褪せずに警告を発しているのかもしれませんね。

(再掲:「放送大学の本棚」投稿記事)

手書きノートの試行

学習するのに手書きでノートを取るというアナログ型がやはり有効だと感じています。最近まで、A4の方眼ノートに2Bの鉛筆で記入し、それをあとでまとめてスキャンスナップでスキャンしてPDF化するというパターンが定着していました。これだとページを入れ替えて編集したり目次をつけたりできてこれをDropboxにでも置いておけばいつでもiPadなどで簡単に参照することができます。

ところが先月iPad Pro 12.9インチ + Apple Pencilを購入したので、ただいまこれを使ってノートをとっていく方法を色々と模索中です。iPadの手書きノートアプリはいくつか出ていますが、どれも一長一短といったところ。今のところ GoodNotes と ZoomNotes を使っています。書く感触は紙と鉛筆に勝るものはないのですが、書いた後の編集の自由度が圧倒的に高い。使っているうちにいずれもっとすごいアプリが出てくることを期待しています。

“Modern Classics Shooting an Elephant“

George Orwell, “Modern Classics Shooting an Elephant“, Penguin Modern Classics ,2009

高橋さんが少し前にジョージ・オーウェルの「1984」を紹介されていましたが、そういえば高校の英語の教科書でこの作家の短いエッセイ ” Shooting an Elephant” を読んだことを思い出し、ネットで探して読んでみました(原文がただで公開されています)。お話自体はそう複雑ではないので、英語とはいえ辞書を引き引き最後まで読んでみました。

ビルマは1935年にイギリスのインド領の一部として併合されますが、オーウェルはこの頃このビルマで地方の警官をやっていて、その時直面した小さな事件をこのエッセイで語っています。ある日、象が発情して村で暴れているという通報を受けます。彼がライフルを持って現場に駆けつけると象は正気に戻り穏やかな状態で見つかります。やれやれ、と思って振り返ると2千人からの群衆がいて象が撃たれるのを今か今かと待っているのに気づくのでした…

と書いていくと長くなるのではしょりますが、結局オーウェル巡査は様々に錯綜した群衆心理に巻き込まれて結果的にその無害な象を自分の意思に反して撃ってしまうのです。その辺の細かい事情はぜひ原作を読んでください。(和訳もあります:「象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉 (平凡社ライブラリー)1995/5」)

ここでオーウェルが暗に言いたかったことは、人はいかにして戦争に駆り立てられるかということではないかと思います。戦争の当事者同士は本当に戦争を起こすつもりはなくとも周りの状況が当事者を戦争に向かわせるという、そのメカニズムにオーウェルは自分の体験を通して気づいたのではないでしょうか。

さて、そうなるとこれは他人の話ではなくなります。現に北朝鮮はそういう状態にあるのではないでしょうか。今なおこのエッセイは色褪せずに警告を発しているのかもしれませんね。

『人口と日本経済 – 長寿、イノベーション、経済成長』

2017年8月16日「放送大学の本棚」への投稿

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吉川 洋 『人口と日本経済 – 長寿、イノベーション、経済成長」
中公新書 2016年
日本経済

少子化で日本の経済力がこれから下降線をたどることが懸念されている現状に、経済学の立場からこれをどう把握するのかといったことがこの本のテーマとなっています。有名なマルサスの人口論では、人口は指数関数的に増えていくのに対して食物の生産はせいぜい等比級数的な増加しか期待できないため、やがては破局を迎えるということになっています。しかし、その後、ブレンターノは人口動態調査から、所得の伸びに伴って出生率が低下していくことを見出しました。今や経済的に成長した国はどこでもこのような傾向が認められています。マルサスは純粋に理論だけで人口の爆発的増加の危機を予想しましたが、経済が豊かになり選択の自由が生まれると、心理学的要因が発生して単純な予想を裏切るのだと思います。このような教訓から経済学が構成されている要素を考えると、原因と結果がすストレートに関数で表されることなく、その間に集団心理という要素が入り込むものなんだなあと気づかされます。

今日本が悩んでいるのは「少子化」というより「低成長」なのだと思います。この本で改めてその重要さに気づいたのがロジスティック曲線です。あらゆる需要は成長とともに指数関数的に増加しますが、市場は有限なのでやがて飽和点に近づくに従って鈍化しやがては成長がストップします。経済の成長を遂げた国は例外なく成長が鈍化していくということでしょう。国民の所得が増え、生活を享受したいがため子作りには消極的になっていくという定式化ができるのでしょう。

この本ではこの現状に対してごく常識的な感想が述べられているに過ぎませんが、これをきっかけにして少し踏み込んだ展望を探ってみたくなりました。以下、思いつくままに書いて見ますと….。

少子化はこういう環境に社会心理的要因が働いて起こるのだから、それを直接コントロールするのは土台無理なのではなかろうか?むしろ低成長のままで変動の乏しい今の経済自体を作り変えていった方がいい。日本の経済は今伸びきったゴムのような状態で、これからさらに成長せよと言われてももう限界がきている。再びゴムを伸ばしたければ方法は2つしかない。一つは別のゴムを見つけてくること。(イノベーションも部分的にこれに該当するだろう。しかしこれは一時しのぎに過ぎないんじゃ?)もう一つは、伸びきったゴムを一旦縮めること。(これはなんか方法があるかも。)伸びたり縮んだりのサイクルを作れないか(熱力学のカルノーサイクルみたいに)。溜め込んだお金を吐き出して消費に専念することがこれに当たるのかもしれない。ドカンと消費して次の需要拡大の土台を作っていく。(….などと妄想はこの本が言ってることとは無関係に広がっていきます。)

『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』

2017年7月22日「放送大学の本棚」への投稿

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近藤龍一)『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』(ベレ出版, 2017), 関連科目->量子と統計の力学

森山さんが紹介された「シュレディンガーの猫」の近くに10冊くらい並べられていました。タイトルにあるとおり著者が12歳の時に書いたんだそうです。著者9歳にして量子力学を究めようと志したんだそうです。藤井4段ブームもあり出版社もこれは売れると踏んだんではないでしょうか。

この本は専門書のような高みには達していないものの、入門書としてはかなり踏み込んだ内容を持っており、著者曰く「中間書」つまり専門書と入門書の橋渡しとなるような本、という位置付けになっています。

学術書はなんでもそうだと思いますが、入門書はやたら万人ウケを狙ってわかり易さに腐心した本がたくさん出ていますが、専門書になると急に分かりにくくなって絶壁のような敷居の高さを誇るのが通例となっているものです。それはそうで、専門分野に一旦踏み出せば、その著者は専門家としての沽券にかかわるので、ついつい分かりやすさなんか2の次の本ができていくらしいのです。そういうことで、この本は希少な量子物理学の中間書としての社会的役割を担っているわけです。

放送大学の「量子と統計の力学」をこれから履修する私としては、襟を正して真剣にこの本を読んで見たいと思います。読み手として年長者の余裕は微塵もないのです。

時代の空気、つまりその時代を覆い尽くす雰囲気、多くの人が共有するような感覚、みたいなものは確かにある。

時代の空気、つまりその時代を覆い尽くす雰囲気、多くの人が共有するような感覚、みたいなものは確かにある。一度その時代の空気が生まれるとそれは容易にはかき消せない。一つの時代に複数の空気が混在することもまたあり得る。その場合にも決して別の空気同士は混じり合わない。これは暖気と寒気がぶつかり合ってそこに前線ができる気象現象のようなものかもしれない。

一つの時代が終わっても昔の空気がそのまま残っていることがある。私は敗戦の10年後に生まれたので戦争を体験したわけではないにもかかわらず、今から思えば子供の頃に吸っていたあの空気は幾分戦時中を思わせるものがあったように思う。

あの頃アメリカはまだどこか「敵国」のイメージがあった。アメリカは大きくて豊かな国ではあったが、当時の子供たちが親しみを持つような国ではなかった。それを象徴するように、当時大人気だったプロレスでは得体の知れないキャラクターとしてアメリカから悪役レスラーが続々やってきた。彼らはその頃の僕らの「敵」を代表していた。

まだ小学校に上がる前、「少年マガジン」「少年サンデー」が創刊された。そこに展開されていた様々な世界にも、結構戦争が大きな位置を占めていた。もちろん美しい祖国を守る情感溢れる日本人兵士たちと、血も涙もないであろうアメリカ兵との戦いが描かれていた。

雑誌の巻頭特集として、しばしば日本の戦艦や戦闘機が詳細な図解とスペックとともに続々掲載されていた。そこでは、日本軍が製造した数々の兵器について実に愛着を持って語られていたのを思い出す。子供たちは当然日本びいきになるわけだが、あの心持ちは多分戦時中のものとさして変わらなかったのではないかと思う。

あの頃の漫画にお国(ある集団)のために身を捧げることを美しいとする考えが少し入っていたような気もする。それはもはや子供にしつこく強要するような強度はなかったが、今思えばほんのりとそういう感じが漂っていた。あれは戦時中の戦意高揚モードの残り香ではなかったろうか?

小学校3、4年頃、ある日学校から帰ってきて何の気なしにテレビをつけると、何かのドラマをやっていた。全体の調子は暗く何だかリアルな感じがした。それは戦時中の話で、平凡な生活を送っていたある男が赤紙をもらい、周りの人々に送られ、出征していくという話だった。

思えば、あの頃こういう設定をモチーフにしたドラマはちょくちょく目にした記憶がある。戦後から十数年経った頃、まだ戦争の生々しい記憶があちこちに残っていたのだろう。

引き込まれるようにそういう体験を再現したドラマを視ていた。新兵が軍隊に入り、一年入隊が早いというだけで威張りちらすような奴に散々殴られる。軍隊ではそういうことがよしとされる。少しでも位の上の者に抵抗しようものならどんな恐ろしい仕打ちが待っているかわからない。映像はあくまで暗い。どんよりした嫌なムードが漂う。

子供ごごろにも、そういうドラマを見たあとは、ああ嫌なものを見てしまった、見るんじゃなかった、という気持ちになるくらい衝撃を受けた。多分ああいう放送は今の時代どんなに制作の粋を尽くしてももう表現できないのではなかろうか。これもその時代の空気がなさしめたものだろう。

そういうわけで、こう言いたい。戦争が終わって僕らは生まれた。けれど戦争が終わっても戦争の空気はしばらく漂っていた。そういう空気を吸って僕らは育った。だから僕らは自分たちを戦争を知らない子供たちということはできない。「戦争を知らない子供たちだ」とブリっ子で通すことはできない。

 

これから日本の衰退を眺めながらジジイになっていくのは決して愉快なものではない。

今から思えば、日本はバブルがはじけた1990年あたりからもう成長モードがオフになってしまっていたのだろう。当時そのことを自覚するものは誰一人いなかった。依然日本のものづくりは快調でそのうちまた以前のような快進撃が再開することを誰も疑わなかった。年々成長していくのが本来の姿だと我々は固く信じていた。

そうして何の自覚もないまま「失われた10年」が「失われた20年」へと延長されさらにデフレは深まるばかり。その間僕らは何をやっていたのだろう?経済のグローバル化、IT革命、MBA的経営手法、そしてインターネット社会の到来。今思い返しても何だか実につまらないことに地道をあげてきた感じがする。それらは蒔かれた種から実ったものではなく、どれも上から降ってきたものばかりだった。そういう脈絡のないものに踊らされて僕らはこの歳まで生きてきた。

2017年の今日本は未だにデフレから抜け出せていない。過去最高に豊かな社会に暮らしながら幸福だとは誰も言わない。モノづくりでは誰にも負けないという自負ももはや怪しくなってきた。日本が緩やかに衰退し始めたことはもう覆い隠せない事実だ。その事実を思い知ろう。このままいけば日本ってズブズブ沈んでいくだけだよねってことを自覚しよう。

昔日(せきじつ)を偲びながら老いさらばえていくのも哀愁が漂っていていいかもしれんが、今となっては全ての結果を生きた証として受け止め、今を肯定的に生きていくしかない。多少ジジイになったからといって世の中に貢献できないわけじゃない。本当の我々のあるべき姿を思い描きながら、今度こそ自分たちの手で種を蒔いていこう。今がその時だと思う。